「光の天使」から「光の戦士」への変質

光の天使から戦士へ
必然だったフライデー


《「光の天使」から「光の戦士」への変質》


1989年(平成元年)は、学習団体から伝道団体へと〈幸福の科学〉がその性格をハッキリと転換した記念すべき年である。

人材の用い方にも、拡大路線がはっきり現れてきた。

中原や阿南がいなくなり、かわって大川が耳を傾けるようになったのは、営業や組織づくりのベテランの声だった。

○○生命営業本部長の黒木文雄、熊本で不動産業者として成功していた坂本頼男。

創価学会で会員集めに活躍した大沢敏夫などが、会を動かし始めていた。

大沢敏夫の登場についても、私は内心悔恨たるものがある。

会の発足記念座談会で、大沢が「リュウホウ先生、リュウホウ先生」と発言したことは、すでにお話しした。

その後も大沢からは、「リュウホウ先生の下で活動したい」というようなアプローチが何度かあった。

しかし申し出は、やんわりと拒絶されている。

彼の辣腕に会をかきまわされるのを大川は心配したのである。

会の基礎が固まり、拡大がテーマになって、大川が思い出したのが大沢だった。

あれほど敬遠していた大沢に連絡をとり、職員になる気があるかどうか確かめよという指示があった。

その交渉役がまた私にまわってきた。

すでに私は、異を唱える気力も失っていた。

会全体にもワンマン社長というより神として、その言葉には絶対服従であるという暗黙の了解ができつつあった。

大沢との話はうまくまとまり、まずは相談役という立場で〈幸福の科学〉を応援してもらうことになった。

本部には草創期の情熱とはまた違った熱気がみなぎっていた。

そんな雰囲気の中で、あるとき関東地方の青年部の集会が開かれた。

そこでは、私が講演することになっていた。

拡大路線をひた走る会の将来を危惧していた私は、反省についてじっくり語ってみたいと思った。

ご存じの方も多いと思うが〈幸福の科学〉では大川の説く「現代の四正道」が教義の柱になっている。

「愛」「知」「反省」「発展」の四つを幸福の原理として、自らの心を探究していこうという教えである。

まわりが発展と知ばかりだったから、私一人ぐらいは反省を説かなければという気持ちだった。

反省こそ自己確立の最短コースであると、事あるごとに私は述べていた。

自分の人生を振り返ることが、一番の修行法であり、また千に一つの間違いもないということを、私は講演会のたびに繰り返し強調してきた。

だから、この点にかぎっては私は青年部にひどく受けが悪かった。

理由はハッキリしている。

〈幸福の科学〉の会員、とくに若い会員たちは、反省など大嫌いだったのである。

そんな面倒なことは避けて通りたかったのだ。

性懲りもなく、この日も私は反省の必要を訴えた。

私の話が終わると、関東地方の世話役だった俳優の北原宏一がマイクの前に立った。

彼もまた反省の嫌いな部類だった。

「反省など要らない。〈幸福の科学〉にこんな教えがあるのがおかしいんだ」

何人かの委員がハッとして私のほうを見た。

「おまえたちは若いんだ。反省なんかしているヒマがあったら、外へ出て何でもいいからやってこい。何でもいいから会のために行動しろ」

こんなアジテーションが若い会員には受けた。

世話役といえども部外者の北原が、本部講師の講演にイチャモンをつけるなど、本来なら間違ってもあってはならないことである。

しかし〔会のため〕と言えば、それも許されてしまう。

そんなところにも学習団体から伝道団体への会の変質が現れていた。

私の記憶では、この北原が〈光の戦士〉という言葉を最初に使ったのではないだろうか。

ある集会の席でこう発言したのである。

「私は〈光の天使〉にはなれないかもしれない。しかし〈光の戦士〉になら、なれる。喜んで会のために戦う〈光の戦士〉となりましょう」

それ以降〈光の天使〉よりも〈光の戦士〉のほうが、この会のアイデンティティーを示す言葉として一般的になっていく。

大川の言う〈光の天使〉とは菩薩であり、利他行の実践者のことである。

一方、〈光の戦士〉は伝道者、ありていに言えば新しい会員を獲得し、たくさんの人を集める活動家である。

天使から戦士へ。

これほど〈幸福の科学〉の変質を端的に物語るものが他にあるだろうか。

後のフライデー事件の際に示された天使とは思えない攻撃的な姿勢も、実はここに始まっていたのである。

北原の演説に湧き立ち、目を輝かせている若者たちを、私は講演者席から淋しい思いで見ていた。

この会での私の仕事はもう終わったのかもしれない。

去るべきときを私は漠然と予感した。


《必然的だったフライデー事件への道》


私たちの〈幸福の科学〉では、大川隆法の説く「愛」「知」「反省」「発展」の四つが幸福の原理とされた。

しかし今の会には「発展」だけが残り、ほかの三要素はすっかり抜け落ちてしまったという印象が私には強い。

まず〔愛〕

主宰先生には素晴らしい愛の言葉がある。

しかし、愛の実践はどこにも見つからなかった。

実践なき愛に何の意味があるだろう。

〔与える愛〕などという言葉は知らなくても、生活の中で自然にそれを実践している人たちのほうが、はるかに高次元の魂である。

自宅前の道を掃くついでに、隣の家の前も掃いている主婦。

電車の中でお年寄りに席を譲る少女。

夜遅くまで同僚の残業を手伝ってしまうサラリーマン。

大川の本を読んで愛の発展段階をおぼえる前に、会員はそういうありふれた愛の実践をおこなっているだろうか。

もし〔伝道は与える愛の実践です〕(大川きょう子『愛を与えることの幸福』)などと言うのなら、あまりにも人を喰った話ではないか。

次に〔知〕

私たちはこれを求めてきた。

そのために学習団体をつくった。

しかし大川が導入した試験制度は、彼の神理を一方的に受け入れるだけの〔受験勉強〕に学習を変えてしまった。

考えるという、本来の学習は必要ではなくなったのだ。


──宗教法人「幸福の科学」は〔人間にとってほんとうの幸福とは何か〕というテーマを考えていく人びとの集いです。


会の出版物にはそう書かれている。

しかし自分で考える人間は、阿南のように去っていかなければならない。

〈幸福の科学〉では考えてはいけないのである。


〈幸福の科学〉の優等生になりたい、試験でいい成績をとって表彰されたい読者のために、かつての採点者として、受験テクニックをご披露しておこう。

回答には体験的な含蓄のある話は避けること。

霊言集の暗記に精を出し、抽象的な理論を展開し、できるだけきれいごとで終わらせること。

実人生の体験から神理を語るようなことは、ゆめゆめしてはならない。

どんなに神理に迫っていても高く評価されない。

さて三つ目は〔反省〕である。

イエスも仏陀も最初に反省を訴えた。

ときには、それを厳しく強いてもいる。

大川も幸福の原理の一つに反省を挙げた。

自分の心を見つめる反省こそ最高の修行法である、と説いたのは高橋信次である。

想念帯の曇りを反省によって取り除いていけば、誰でも本源の神に通じることができる。

それが彼の教えの核であった。

大川が反省を挙げるのも、こうした高橋の教えの影響を強く受けているからだろう。

しかし〈幸福の科学〉には何の反省行もなかった。

そこが大きな問題であると、私は常々感じていた。

最近になって90年2月『実践反省法講義』テープを聞いてみたが、そこにも世間で言われているような〔軽く浅い〕説法があるだけだった。

この講話でも大川は、反省が天上界につながる絶対条件であると一応は述べている。

高橋信次そのままだから、そんなことは高橋の本を読めば誰にでも言える。

しかし知らない人はここで「大川隆法はすごい」と思ってしまうのである。

大事なのはそんな理屈ではなく、ほんとうの反省があるかどうかである。

では大川の反省法とはどのようなものか


・「小欲知足」を理解しなさい。

・他のせいにするな、原因はすべて自分にあると理解しなさい。

・自分の欠点を修正していく努力が大切であると理解しなさい。


この三つが講義の柱になっている。

頭で理解することと反省とは、まるで違うはずだが、それは措くとしよう。

講義の後に大川による反省瞑想指導がある。

「ハイ、足ることを知らないでいた自分について思い出してください」

そして15分ほど無言がつづく。

そのあいだ参加者は、足ることを知らなかった自分を必至で思い出しているのだろう。

「過去、他人のせいにしていたことがなかったかどうか、思い出してみてください」

「ハイ、自分の欠点を直す努力をしたかどうか思い出してください」

信じられないことに、これが『実践反省法』のすべてだった。

なんとつまらない反省であろう。

こんなものでは、そこにいた全員が、もうそれっきり自分からは二度と反省などしないことは断言できる。

反省といっても〈幸福の科学〉ではこの程度なのだ。

反省のないところに、正しい発展はあり得ない。

あのフライデー事件も、反省なき発展の結果ではなかっただろうか。


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虚業教団

30年間、教勢拡張と集金だけだったカルト。 今尚、植福と称する布施を搾り取られ続ける信者たち。 教祖一家、その愛人たちは、贅沢三昧の日々を送っているというのに。 人間関係は破壊され、家庭も崩壊。 貢ぎ疲れ、極貧生活を強いられる信者たちの 洗脳解除を祈念し、ここに関谷氏の 「虚業教団」をコピーさせて戴きます。

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