(投稿)敵対視・・・KK時代の反省③

https://tanemura1956.blogspot.jp/2015/05/kk_12.html


(紹介)


KKでは常に「法敵」をつくり、それとの戦闘を行うことで、内部を引き締め信者の忠誠心・信仰心を高めようとします。

法敵がいなかったのは、初期の3年ぐらいでしょうか。

その後は、常に法敵をつくっていたと思います。

よく考えれば、これは今の中国や韓国と同じです。

共産主義国は常に「敵」をつくることで、自由を制限する一種の戦時独裁体制を維持していました。

KKもそれとよく似た組織文化を持っていると、Wさんは気が付きました。

その組織文化は、教団にとっては組織内の不満のガス抜きであっても、信者のものの見方に深い影響を与えます。

その危険性に気づくことが脱却の第一歩だと、Wさんの投稿は教えてくれていると思います。


(投稿)「KKの行動を邪魔するものは全て敵」という思考


私がKKにいた時にも、多くの「敵」と言われる存在がありました。

それは創価学会であり、講談社であり、他にも多くの敵がありました。

これらは「法敵」であると教えられました。

そして私は他の会員さんと同じく、それらを敵視していました。

講談社への抗議デモにも喜んで参加しました。

講談社に対する嫌がらせファックスも何度かしました。

そこに喜びを感じていたと思います。

今にして思えば、それは一種のガス抜きであったと思います。

組織内の不満等から眼をそむけさすために

外部に敵を作ることは、日本の周りの国でもあることです。

だから、KKの内部的な不満のガス抜きのために、仮想敵は必要なのでしょう

だから今でも、それはKKに必要なはずです。

種村さんを始めとして脱会者たちは法敵なのでしょう。

それは危険な刃物のような意識であったと思います。

熱烈信者である父は、母親に対して、「これ以上、活動の邪魔をする事は許さない」と言った時があります。

私の娘が幼い時でした。

何気に、娘が私の母親を家に呼びたかったので招待したのですが、母はなんだか寂しそうでした。

後から父親から事情を聞いて、そんな事を言ったと分かりました。

「KKの行動を邪魔するものは全て敵」という考え、

そこに受容も寛容も肯定もありません。

ただ「倒すのみ」という、地獄的な考え方でした。

家族であっても、敵視するようになります。

今にして思えば、愚かな考えをしていたと思います。

KKに与えられた「殻」にこもって、全てを「敵」とみなす。

そんな状態であったと思います。

ここから抜けだせたのは、家内の存在・愛情があったからだと思います。

だから私は家内を決して裏切らないと決めています。(W)

虚業教団

30年間、教勢拡張と集金だけだったカルト。 今尚、植福と称する布施を搾り取られ続ける信者たち。 教祖一家、その愛人たちは、贅沢三昧の日々を送っているというのに。 人間関係は破壊され、家庭も崩壊。 貢ぎ疲れ、極貧生活を強いられる信者たちの 洗脳解除を祈念し、ここに関谷氏の 「虚業教団」をコピーさせて戴きます。

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