教祖と教えと教団カルチャー①・・・教祖の本音

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教祖の本音はどこで見るか


教祖の人格・パーソナリティは、「教え」と「職員の行動様式」のどちらに色濃く反映されると思いますか?

普通の信者は、教祖のパーソナリティは教えに反映すると考えます。

でもKKの場合は違います。

KKの教祖は膨大な本を読んでいますし、その内容の要点を覚えていてそれを自由につぎはぎできる能力を持っています。

ゆえに、教祖の説く教えは、そうした知識が数多く盛り込まれており、きれいな建前として説かれています。

それは教祖の行動とは関係なく説かれています。

ですから教えに教祖のパーソナリティはさほど反映されていません。

実は教祖のパーソナリティは、「職員の行動様式」さらには「教団のカルチャー」に色濃く反映されてきます。

だから「教えが素晴らしいから教祖は素晴らしいに違いない」という判断は間違いです。

「教団カルチャー」や「職員の行動様式」をよく見て、そこから教祖の実像を判断しなければなりません。

その理由はいくつかありますが、第一に言えることは、KKの職員は、幹部になればなるほど、「教祖の本音」を知ろうと真剣に努力するということです。

教祖の本音を取り違えると、左遷降格につながるからです。

教祖の本音の価値判断の一番出てくるのは、「人事」です。

どういう人が評価され、どういう人は評価されないかを、驚くほど敏感にかつ熱心に職員は見ています。

そして教祖が本音で評価している方向に向かって行動します。

私は職員の時代、教祖が一番価値を置いているのは収益目標の達成だと感じました。

それは収益をあげる力のある人ほど高い評価を受けていたからです。

それだけに、収益目標や植福の目標の達成には全力を挙げました。

どうしたら目標を達成できるかは、職員の最大の関心事でした。

KKでは数字目標は100%の達成にこだわります。

教祖はある時、「職員のあげてくる数字報告は、経営判断の重要な指標であるから正直でなければならない。」と指導しました。

私は、ある地方本部長時代に伝道目標達成に少し足りなかった数字を正直に報告しました。しかし、それは組織では決して評価されませんでした。

後任者はすぐに数字を追加して、目標達成を報告していました。

大伝道の時から、何故か月末の最後になると全支部目標達成をしていましたが、あり得ない数字です。

でも、教祖がそれを歓び高く評価するから、幹部は数字をつくってまで報告するのです。

献本目標や布教誌の配布目標、映画の動員目標などは、まさに数字合わせでした。

お金を出す人を確保して、目標分の書籍を購入したり、映画チケットを購入したり、さらには一人が10回も20回も映画館に通ってまで、数字を作りました。

それでもお金が集まっていると、評価されるのです。

それができない職員は冷遇されていきます。

この判断は、「教祖の本音」を見極めて、教祖の喜ぶことを職員が率先して行っているのです。

KKが宗教でなかった(人格のない社団)頃、教祖は会員一人あたりからとるお金を極力抑えていました。

それはあるコンサルタントの意見を取り入れていたからです。

コンサルタントは言いました。

「普通の宗教は一人当たりの信者から多くを取ろうとし過ぎる。

その為に深堀りとなって、信者の層が広がらない。

だから、大きくしようと思ったら、最初は深堀りしてはいけない」

と。

初期の会員は、教祖が多くを与えてくれていて、自分たちの持ち出しは比較的少ないと感じてきました。

だから、教祖の善意を信じていたのです。

しかし、いまは信者数に対して、集金の目標額が大きすぎるため、深堀りし過ぎています。その為に拡大が止まり、縮小傾向にあります。

教団内部では、それを危惧して路線を変更しようとする動きもかつてはあったようです。

お金を出してくれる信者数が何年間も一定しており増えていない現状を冷静に分析して、教団経営も安定してきたので、信者の負荷を減らす提案をしたことがあったのです。

前教祖夫人とある経営幹部が、そう判断して意見具申したそうです。

その結果、教祖の逆鱗に触れ、経営幹部は左遷され、元夫人はやがて世界宗教への道を阻害する勢力として糾弾され、離縁され教団から追いだされました。

こういう姿を見ている幹部は、信者がどれほど疲弊しようと、決して数字目標を下げようとはしません。

そしてあの手この手を使って、数字を出せる幹部ほど評価され、出世するのです。

お金を集める能力と、宗教者としての人格見識は、通常は一致しません。

宗教的な見識や人格が乏しくても、お金をきちんと集める人が教祖によって評価されるのです。

どういう人が評価され、残っているか、出世しているかを見ると、教祖の本音が見えてくるのです。

「職員はダメだが教祖は素晴らしいはずだ」というのは、だから間違いです。

そういう職員を評価して、育ててきたのは、教祖だからです。

職員は教祖の本音に忠実に行動しています。

虚業教団

30年間、教勢拡張と集金だけだったカルト。 今尚、植福と称する布施を搾り取られ続ける信者たち。 教祖一家、その愛人たちは、贅沢三昧の日々を送っているというのに。 人間関係は破壊され、家庭も崩壊。 貢ぎ疲れ、極貧生活を強いられる信者たちの 洗脳解除を祈念し、ここに関谷氏の 「虚業教団」をコピーさせて戴きます。

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